レポート
Top Page Top Page Top Page Top Page Top Page Top Page Top Page

金沢大学大学院教授
日本コーヒー文化学会理事 広瀬幸雄さん
日本人の魂が詰まった奇跡のコーヒー 〜「ドミニカコーヒー」リポート〜
「よくぞおじゃったもした」という昔の鹿児島弁に迎えられて、先日、日本とは地球の反対側にあたるドミニカ共和
国で、コーヒー農園を営む田畑初(たばたはじめ)さん(85歳)に会いました。
50年前、日本政府の「カリブの楽園」といううたい文句で、新天地を求めて249世帯がブラジル丸に乗り、移民とし
て横浜港から首都サントドミンゴ港へ渡りました。しかし、与えられた土地は、荒涼とした乾燥地や石ころだらけの
山砂漠で農業はできず、さんざん苦労したあげく、日本へ引き揚げたり、ブラジルへ再渡航して、現在はおよそ
1000人がドミニカに住んでおられます。当時、ハイチ国との国境沿いに移住した86世帯ほどの日本人は、現在た
った一家族になっています。この残った一家族の方が、冒頭の鹿児島弁の主、田畑初さん一家です。
田畑さんに連れられて、家から30分ほど車で登ったところのコーヒー園に案内されました。山と山との谷間の日当
たりの良い隙間の斜面に、石と石の間にコーヒーの木が、他の国で見たものより少なめな実をつけて、しかし力
強く育っていました。この石だらけの地形に、コーヒーを育てたという苦労が推し量られ、よくぞ育ててくださいまし
たと、拍手したくなるほどでした。
「奇跡のコーヒー」と大げさな言葉を使って良いのかどうか分かりませんが、もしこの地にハイチ人が移入せず
に、コーヒーの木を残してくれなかったら、もし一度でも旱魃があったら、もし他の食物が育たなかったらと、もしが
いっぱいつく程の、常識では考えられない生活環境の中で育ったコーヒーの木は、感謝と奇跡のコーヒーと呼ぶ
にふさわしいものだと、実感しています。
もちろん、味はエメラルドグリーンのカリブ海を想像させるような、ピュアに透き通った味わいで、その豆の形は素
晴らしく、ブルーマウンテンやハワイコナなど、評価を得ている豆以上に、深い香り、味とパワー、元気を持ち、そ
して育ててくれた人に似て、穏やかで芯の通った味わいを持っています。たった一人で頑張ってこられた田畑さん
に敬意と感謝の気持ちで「ドミニカタバタ」という名称で呼び、日本のコーヒーフリークに、もっとドミニカを知っても
らいたいと強く思った、コーヒー一色の旅でした。


戻る